2008年01月24日

エゴロジー

今日はびみょーな話なので、と前置きしておきます。受け取る人によって不快になる方もいるかもしれませんが、どうかお許しをm(__)m

それでなんの話しかといえば、ガソリンの話。

ガソリンが高い。安い時の1.5倍ですよね。

いつも普通のスタンドで給油していたおばちゃんが、あまりの高さに困って、セルフスタンドに行く。そして、軽自動車に乗っているから「はい、軽油ね」と入れてしまう事件多発も、なぜかうなずけてしまうような気がします(^_^;)

今そのガソリンの税金に関して政治の争点になっていますよね。

僕ふと思ったんですが、ガソリンもっと高くても良いんじゃないですか?あ、嘘、嘘。本当は我が家も困っています。

いや、でも半分本当です。

そうですねー、そうだこうすればいい。ガソリンはそのままで灯油などを下げるとか。

いや、ほとんどの方はやはりガソリン安いほうが良いですよね。僕も本心ではそう思います。

でも、ちょっと優等生気取りで言うならば。Co2を排出するものへもっと課税するとか値段を高くしたほうがいいんじゃないだろうか?

なんでそんな馬鹿げたこと(?)を書くかと言うと、温暖化対策とか、エコとか言ってても、結局まだ痛みをみんな感じていないじゃないですか?

ならば、いっそ痛みを感じる対策をしても良いんじゃないかと思ったんです。

なーんて、かなり偽善者っぽいですね。実際には、既に様々なものが値上がって僕も困惑してます。


ホント難しいです。

大勢の人が努力して、様々な商品を大量に作り、コストダウン、値下げして来た。

僕が独身の頃、今から10~20年前と比べると物価は食料品中心に確実に安いです。

安いものがあふれたことでモノを大事にしなくなった感があります。それは僕もです。

「どうせ100円で買えるから」といった感覚が非常に強いのです。

ある人が言ってました。エジソン、また松下幸之助でさえ、未来から見た時に人々を不幸にした人と思われるかもしれないと。

どういう意味かというと、そのお二人に限らず、人類為の発明が数百年後にそれが元で地球が危うくなる元凶になっていたりする可能性をはらんでいるということです。

つまり、僕ら人間が産業革命後に手に入れたものは、長い年月で見た時に人類を幸せにしないかもしれないのです。


大企業はそうならないように環境対策を打ち出しています。しかし、その一方ではどんどんさらなる便利な発明をしています。

自動車もそうです。エコカーを作りつつ、スーパーカーも開発する。

暴論書くと、もう開発そのものを全てやめてしまうのが最もエコなのかもしれない。

TVを捨て、ネットを捨て、家電を捨て・・・このロジックでいくと、結局地球には人間が不要になっちゃうんですよね。

なんでこんな壮大なこと書いているかというと、最近雑誌を買うたびにおまけについて来るエコバッグに腹立てているだけなんです。欲しくもないのについてきて、気づけば不要なエコバッグが1つ、2つ、3つ・・・いったいいくつあるのか?


はい、実はちっぽけなことなんです(´∀`:)


あれじゃあエコバッグじゃなくてエゴバッグだよ(山田君座布団とってー


とか吠えながらも、矛盾と家電に囲まれ、本人も矛盾だらけな緒形でしたorz


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